代表プロフィール

公益社団法人 日本パブリックリレーションズ協会認定 PRプランナー

1961年大分県日田市生まれ。大分県立日田高等学校普通科・北海道大学法学部卒業。

1984年4月、自動車メーカー入社。名古屋で4年間輸出関連部署を経験の後、1988年10月より2001年7月まで13年間、東京で海外の渉外・広報関連業務を担当(課長級)。この間、米国ジョージタウン大学(ワシントンDC)に1年間留学し、政治・経済・企業倫理等を履修。TOEIC 910。

2001年8月、創業間もない佐賀県の健康食品・化粧品の受託製造(OEM)メーカーに転職。同社では、化粧品事業、経営部門、マーケティング部門の統括の他、広報室長として広報業務を立ち上げ様々なメディア対応を実施。

2003年10月、福岡市の公共資機材メーカーで、経営関連部署、海外市場開拓部署を担当。広報業務も兼務。2017年3月、同社を退社。1年間の準備期間を経て、2018年4月に正式にイムゼ・ピーアールを立ち上げ現在に至る。

主な広報業務経験

自動車メーカー時代は、プレスリリース作成/配信、想定問答作成、記者会見企画運営、取材対応、プレスツアー等のイベント企画運営、IR、危機管理対応など、ウォールストリートジャーナルやエコノミスト等の海外メディアを主な対象とした広報業務全般を行いました。ルマン24時間耐久レースやWRCなどのモータースポーツ、欧州・米国・中国でのモーターショウ、海外製造拠点のお披露目などは現地法人と共に現地にてプレス対応。奥田会長・張社長といった当時のトップ役員のスピーチ・寄稿文も数多く手掛けました。

90年代半ばからは、欧州・米国に加えて、特に中国メディア対応に注力。現地での様々なイベント、記者会見、個社別の理解活動、小冊子の隔月発行、現地や日本でのプレスツアーなどを通じてマスコミ論調を好意的なものに変化させ、中国進出の足元を固めました。[写真は中国向け広報誌。企画・原稿執筆・編集・発行まで全て担当]

OEMメーカー時代は、新興の無名の会社を如何に国内メディアに理解頂くかをポイントに活動致しました。共同研究先の大学や共同開発先の上場企業との共同記者会見の実施、積極的なメディアキャラバンによる記事化の促進、頻繁なプレスリリースの発行などを行い、在籍した二年間で認知度を飛躍的に高めると共に、それらを全てマニュアル化し業務の標準化・軌道化を図りました。[写真は日経バイオビジネス誌。2002年2月号では一社単独で3頁の紹介記事を掲載頂いた]

公共資機材メーカーでは、案件発生時に特命事項として、プレス発表会、プレスリリース発行、危機対応などを実施。本業としては、経営サポート業務を7年間行った後、新規に立ち上げた海外事業の実務責任者として6年間、中国大陸市場での現地法人の立ち上げ、製造委託先の開拓、製品の規格化の推進、国有企業との共同開発プロジェクト、台湾での販売提携などを行いました。